2016年3月10日木曜日

ブログやSNSの使い方とひかりの輪が旅行に行くこと

ミミとヨロリさんのカルト批判ブログが面白くてわかりやすい。
顕正会中心にいろいろ。
http://kennsyoukai.info/


ブログを収益化とか、わたしのような小物には出来ない・・・
こんな分かりにくい文章ばっかりだし。
仕事で文章書くのは、順序立てればいいだけなんだけど
自分の気持ちを分かりやすく説明出来ない。

じゃあわかりやすいように順序立てて・・・となると、わたしの場合ペラペラな感じになりそう。
言葉って難しい。



ひかりの輪、サリン被害者追悼の日に旅行へ=温泉付き

尊敬する「やや日刊カルト新聞」様に、またもまとめを取り上げていただいた。


それにしても、クソリプはあんまり好きじゃない。
普通に考えて、ツイッターのマナーじゃん。
てゆか、mixiでもfacebookでも、突然自分のSNSページを、特定の人から大量の書き込みされたらどう思うですか。威圧じゃないですか。
議論したいなら、もっと他のやり方あるじゃん。

例えば、だんなとカフェでごはん食べてて、
「このハンバーグおいしー」とか「パスタもおいしー」とか話してたら
いきなり知らないおっさんが来て
「それは違う!!あなたは間違ってる!!!この店でカレーを食べないなんておかしい!!!そうやってあんたらはモテようとか目立とうと思ってるんだ!!!あなたたちなんて今時のリア充カップルかもしれないけど(笑)そんなんじゃ真のイケメンになれない!!!」
って言われるようなもんじゃないでしょうか。


不審者じゃん!!!


それにプラスして、エアリプも嫌いなんですが、
エアリプといっても、ネガティブなやつですよ。

カフェでごはん食べてたら、二つ隣の席から
「あの人一人?」「さみしー」「キモー」

って聞こえてきたら、
(自分のことなのかなあ、なんでそんなこと言われなあかんのかなあ)

って思いませんか。ネガティブなエアリプにはそういう威力を感じます。

別にカレーが好きでもぼっちを批判するでも、それは好みの問題であって、話し合いたいならTPOをわきまえましょうよと思うってことです。
てゆか、こういう人って大抵話し合う気ないのでしょうけども。


わたしはツイッターを楽しく使いたいので、そういう傾向の人は外してきました。
(最初使い方あんまりよくわかんなくてブロックして怒られたりしてたんですが、その節はすいません。)


SNSで、親しくもないのに挨拶なしに連投したり、批判したり、空気よまない発言をされるのは、あたかも最初自分が悪いんじゃないかという錯覚が起きやすくて、とてもよくないです。
わりとトラウマになりやすいし、アカウント消してもいいんだけど、こっちは何も悪いことしてないのに攻撃に屈服するようでそれはそれでストレス・・・ってなりますよね。

あなたは悪くないです。荒らす方が悪いです。





ブラックジャックさんの言う通りです。
てか、わたしが知ってるブラックジャックとなんか違う…って思ったら、
新シリーズなんですね。すごい今風の絵だ。

「ひかりの輪が一般人にからむ」のまとめは、藤倉総裁リスペクトのもとに名付けたタイトルですが、キャラメルラテさんや、その他なんかよく分からないからみをしてきたアカウントは、自称無関係としつつ、一斉にアカ消しをしてしまった上、今現在実際にひかりの輪の人なのかどうなのかは分かりません。
でも、いろいろな方からの助言や、今までの非公開になってたものも含めたひかりの輪の傾向を見ていると、無関係の人が突然あのように擁護を始めるとは考え辛いなあと思っています。
他人だとしたら、上祐氏の語り口や誤字脱字っぷり完コピですごいなあと思います。
今現在、ひかりの輪の方たちが一連のまとめや記事に目を通してるかは分かりませんが、無関係だからタイトルを変えてくれという要望は来ていないので、注意喚起も含め、一応このままにしておきます。


で、ひかりの輪なんですけど、まさか3/20に聖地巡り旅行行くなんてびっくりです。

これこそTPOじゃないでしょうか。
ひかりの輪の人ってTPOって言葉知ってるでしょうか。

藤倉総裁の取材によると、この日程で旅行にいく理由は
連休になる場合があって参加者が集まりやすい
聖地巡りは被害者の方への賠償金のための寄付を得る機会
過去にもこの日と重なる日程で聖地巡りを実施したことがある
地下鉄サリン事件の日と重なった場合には行った先の寺院などで慰霊式をしている
(ひかりの輪広報担当者)



とのこと。


つまり

賠償金集め=団体存続のため>>連休で都合がいい>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>被害者の気持ち




ということでしょうか。




おまけに「上祐氏が献花しようとしたら周囲が騒然となりかけた」とか、本当の謝罪の気持ちがあれば周囲が騒然としようがどうしようがその場で土下座でもなんでもできると思うんですけども。




わたしが知ってる限り、高橋シズエさん然り、家族の会である永岡さんご夫妻然り、被害者の方でひかりの輪の解散を望んでいる人しか見たことないです。

最近もこんなニュースが。


わたしが、個人的に、普通に考えてオウム真理教事件の加害者と関係者の方達に求めたいなあと思うものは以下です。

・被害者への謝罪の気持ちの表明 
・事件を風化させない活動 
・オウム真理教の後継団体は解散して信者ひとりひとりが自立した社会生活を目指す 


ひかりの輪の方達は、HPなどで総括を行い、事件に対する謝罪の意を見せてますよね。
だったら、3/20を含めた連休に温泉旅行行こうってならないと思う。

わたしなら行かない。
参加しない。

あともし、なりきれるものではありませんが、被害者・遺族の気持ちを考えてみましたら、怒りしかないですわ。
「そんな風にして集めた賠償金なんているかーーーい!!!」ってたたき返しちゃうかも。


目的同じでも、手段の違いで喧嘩するのは不毛で残念に思う。



本日は以上です。

2016年3月3日木曜日

ひかりの輪にまたつっこむ

ツイッターでもぽちぽち呟いているのですが、
ひかりの輪のことについて。

http://www.joyu.jp/diary/052007/0002.html
2007年の上祐さんの日記?です。

わたしは、そんなにオウム事件をリアルに知らない世代で、上祐さんや、死刑囚の方達の名前と顔を知ったのも、ここ4年くらいなので、あまり当時のオウムに悪い印象も良い印象もありません。

なので、ひかりの輪にしても、公式サイトとかには「オウムの反省・総括をふまえた、あたらしい団体」みたいに書いている反面、「上祐は嘘をついて麻原隠しをしている」と言ってる人をみて、どっちが本当なのか、最初はピンと来ませんでした。

でもですね、そんなわたしの一般的な解釈というか、普通に考えてのことなのですけども、「オウムの反省・総括」っていうのは、自分たちがいたオウムの事件を勉強して、自分自身の生活を立て直し、気持ちの落ち着きを取り戻した上で、賠償する余裕があったら賠償すると良いな、という様なことじゃないかなと思っておりました。

そんなことは一朝一夕ではできないので、年数がかかると思いました。
反省・総括の中で、元信者さんたち自身のカウンセリングや、就職支援、生活の立て直し方法のアドバイスが大切だと思います。何年かかけて、そういうことが自然と出来て、ひかりの輪という団体自体も自然と消滅して、みんなで社会復帰出来るような団体なのかな、と思っていました。

ひかりの輪が設立されて、もうすぐ10年ですが、一向に、生き方を示さなければならない人たち・・・上祐さんをはじめ、幹部が自立していません。おそ松さんのように、人のお金で生活している様子です。



この状況を見て、やっぱり、彼らはオウムの反省も総括も実感してないし、賠償するのも団体存続のためで、しかも在家の信者さんからもらったお金を賠償にあてている、という不可思議な状況であると感じました。

今後、人の迷惑を顧みず、自分たちのためだけにお金をかき集めて、生活しようとするなら、簡単に詐欺や霊感商法につながっていくような気がしています。

ええ、ただのカルトです。オウムの時と変わりません。本当に、ひかりの輪には気をつけてください。


以前コメントをくれた、さくらねこさんの書き込みを見直してみても、こうして逃げれない状況を作って、少ないお金で生活させ、介護や雑用をさせているのかなあと思うと、なんだか・・・・本当に辛いと思う・・・・

カルトから抜け出せない方、あなたは全然全くなんにも悪くないので、はやく抜けると良いなと思います。悪い事をさせられる前に。





閑話休題。

宣伝ですが、宮前一明さんの手記のブログをご紹介します。
絵を描くきっかけや、オウムでの修行の反省が書かれていて興味深いです。
http://kazakimiyamae.blogspot.jp/



本日は以上です。

2016年2月3日水曜日

上祐さんについて感じる事

上祐さんは、よく自分の事を、麻原に騙されてた、マインドコントロールされていたみたいに表現しますが、わたしはそれは疑問があります。むしろ騙す側だったんじゃないかと思っています。
質問があったので、自分なりに整理して考えてみました。
でもわたしは専門家ではないただの主婦なので、間違った情報や考え方があるかもしれません。その際はご指摘くださると嬉しいです。


1984年オウム真理教の前進団体「オウムの会」のち「オウム神仙の会」が出来ます。麻原が「ムー」などのオカルト雑誌に露出します。最初は宗教というよりヨガ教室でした。
1986年、早稲田大学生だった上祐さんが入会します。
1987年、オウム真理教と改称され、宗教色の強い団体になります。この時、古参のヨガ教室のノリで通っていた人たちはほとんど辞めました。上祐さんは修行の熱心さや英語能力などを買われ、麻原の右腕となっていきます。
1988年に事故が起こり死体を隠蔽、1989年2月に教団内で殺人事件が起こります。二つとも麻原の指示で行われました。この二件には上祐さんは関与していません。
そして、1989年11月、坂本弁護士一家が失踪(5年越しで殺人事件と判明)します。この時の状況証拠から、オウムがやったのではと言われますが、麻原の指示で上祐さんはスポークスマンとして、関与を否定する役目をこなします。
事件前、上祐さんは、教団を糾弾する役目をしていた坂本弁護士に、同じ教団幹部の青山、早川と弁護士事務所で面会し、喧嘩別れしたと言われています。家出同然で出家する若い信者たちに、家族が心配し、その支援をしようとしたのが坂本弁護士でした。坂本弁護士は、上祐さんたちの、宗教的な主張を否定し退け、家族と信者の関係を修復するよう指摘しました。上祐さんたちはその話を麻原へそっくり話しました。そこで、麻原は殺意を覚えたと考えられます。
坂本弁護士一家が失踪した時、上祐さんは実行犯ではありませんでしたが、他の幹部の様子を見て、事件を起こしたのではないかとほぼ確信していたようです。しかし、教団を守るため、マスコミに嘘をつき続けました。
1993年、サリンを製造して日本中にまこうという計画が持ち上がり、サリンプラントの最初の建設責任者に上祐さんが任命されました。しかし、のちに村井秀夫に役目が引き継がれ、実際には製造していません。
また同年、亀戸のオウム道場で、異臭事件が起きます。これは、麻原の指示で、上祐さんが責任者として、人を殺傷する目的で未完成の炭疽菌を噴霧しました。炭疽菌は製造に失敗していて毒素はありませんでした。
上祐さんは、1992年からロシア支部に派遣されていて、93年以降、ロシアでの布教に専念していました。そして、1995年3月に地下鉄サリン事件が起き、坂本弁護士一家事件の時のように、教団を守るため、日本に戻りマスコミに嘘をつく広報部長をこなします。

このように、上祐さんと麻原は教団のごく初期から密接な関係にありました。
教団が宗教へと変貌し、マインドコントロールや洗脳の研究をして、信者を獲得してゆく際に、積極的に賛成し、アドバイスをし、教団のために働きました。麻原は、上祐さんに、自分の息子のようだ、と声をかけたと言われています。麻原は上祐さんをとても気に入り、ホーリーネームにもマイトレーヤという、未来仏を指す名前を与えました。麻原がいなくなっても、上祐さんが中心になって教団を広めてくれるだろう、という意味にもとれます。
また、1990年にオウムが衆議院選挙に出馬した時、上祐さんは麻原に直接、選挙なんて落ちるに決まってるじゃんというような苦言を呈したと言われています。これは、そういうことが言い合える関係だったという事です。普通の信者なら、麻原におそれをなして言えないか、麻原にめっちゃ嫌がられて厳しい修行に入れられたり、最悪ポアされます。

このように、上祐さんと麻原、教団の沿革を見てゆくと、上祐さんは「ただ騙された側」ではない事がわかります。ご自分の著書にも書いていますが、麻原に信頼されていて、教団のためなら反社会的行動にも出るような、最初から教団に関与し、人を騙し、信者を獲得し、社会に嘘をついて教団を守る側だったのではないかと感じます。
それを、今になって、自分は騙されていたと証言するのはいささか違和感を抱きます。
また、サリンプラント製造、炭疽菌噴霧未遂は明らかに殺意があってやったので、立件されていませんが、明確な殺人未遂といえます。

上祐さんがご自分の過去について、騙されていたと偽称し、宗教色を隠し、新しい信者を獲得しようとするのはいささか疑問です。まずは事実に基づいて総括し、謝罪し、自立して働いたお金で賠償をするべきではないでしょうか。


などと書いて、新規信者の獲得を阻止していたら、わたしもポアされてしまいそうです。
このごろ、ツイッターとかで散々誹謗中傷を受けていますが、その程度で済めばいいなと思っています。でも、同世代やわたしより若い人たちが、事件を知らないからとうまいこと騙されて、利用されてしまうのは見ていられません。


ちなみに、オウムが人を騙すのは、麻原が説く密教の考え方に依ります。
教団の最高指導者=グル  に付き従う事が絶対である、ということは、グルが人を騙せ、人を殺せ、など一見反社会的な指示を出したとしても、それは魂、宇宙的な世界からみたこの世の真理からすると正しい事になるので構わない、という考え方です。

わたしは宗教をやっていないので、このような考え方が正しいかどうか分かりません。

しかし、目の前の人を助けず、むしろ騙して心を傷つけたり、殺傷したりするのが真理だとは思えません。
仏教のいろいろな教えを読んでいると、自分の足元は自分で照らしなさい、と、人に構う前に、まず自分で自分をちゃんとしましょう、人によって能力は違うので、自分が出来ることの精一杯の優しさで日々をこなしましょう、という、日々の生活の素晴らしさ、自分と周囲への感謝の気持ちで溢れていて、よく見た事もない宇宙とかそういうのの前にやることがあるのではないかと思えます。


本日は以上です。