2016年6月28日火曜日

松本サリン事件から22年

22年前の6月27日、世界初のサリンを一般人へ向けたテロといえる事件である、松本サリン事件が起きました。
被害に遭われて亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
負傷された方々の一日もはやい回復を祈ります。

事件については、wikipediaが読みやすく、まとまっていると思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

また、メディアによる冤罪を生んだ事件でもあるため、テレビ信州は6月27日を「メディア・リテラシーの日」に制定したそうです。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%97%A5-742725

22年目ということでしたが、報道はほとんど目にしませんでした。
河野義行さんは、お元気にされているのかなと思います。

また、ひかりの輪の外部監査をされ、そこで見たこととや、監査委員を結局おやめになった経緯や理由を詳しく伺いたいと思っています。


死刑制度の廃止を求める 著名人メッセージ  河野義行さんhttp://linkis.com/daijobanai.jugem.jp/Z57vJ




ひかりの輪から、「松本サリン事件から22年目を迎えて」という記事が出ていました。
なぜか、まだその日を迎えていない前日の6月26日に・・・



書いてあることが、そのまま行動に表れていたらいいなあと心から思います。

あと、他ページへの誘導リンクがやたら貼ってあるところも気になりました。
このようなリンクの貼り方は、アフィサイトなどでよく見るような気がします。普通なら、文章が終わったあとに、まとめて参考リンクを貼っておくのではないのかなと思うのですが・・・


ひかりの輪の実態を知っている人からすると、口先だけ何を言っているんだろう、というような内容だと思いました。


アレフ、ひかりの輪のはやい解体を望みます。


本日は以上です。

2016年6月24日金曜日

「極限芸術2 死刑囚は描く」パンフレット発売

「極限芸術2 死刑囚は描く」が広島県福山市クシノテラスで2016年8月29日まで開催されている。
http://kushiterra.com/gallery/2016/03/74.html


そして、先日この展覧会のパンフレットが発売開始された。
http://kushiterra.base.ec/items/3440347


かつて、死刑囚の作品をここまで丁寧にまとめたパンフレットがあっただろうか。
作品たちは綺麗に撮影され、印刷されている。圧巻。

宮前一明さんの「糞僧衣」(宮前さんが獄中でぼろぼろになるまで着用していた下着)も、撮影でつぎはぎがよくわかるようになっている。

作家の田口ランディさんと多摩美術大学教授の椹木野衣さんの論考もとてもよかった。
特に、田口さんは実際に死刑囚と交流をしているため、その処遇の理不尽な様子がよくわかる。

松本健次さんに知的障がいがあることは存じていたが、拘禁症状がひどくなっているとは知らなかった。

他にも、拘禁症状が悪化している人はたくさんいる。心配でならない。

死刑囚の作品をみて、描いた人の背景などを読んでいると、その人ひとりが悪い奴で、そいつのせいで事件が起こった、というわけではないように思えてくる。
ただの善悪で判断するわけでなく、例えば犯人の生育歴や当時の環境など、さまざまな因果が絡み合って、悲しい出来事につながってしまったのではないか、と、事件についてのさまざまな文献を読んでいてもそう思えてくる。
私は、もっと死刑囚と語り合いたいと思う。

2016年6月18日土曜日

麻原彰晃はなぜ話さなくなったのか





オウム真理教事件において、麻原彰晃氏がなぜ沈黙を始めて沈黙を続けているのかは、今現在わかっていません。
文献やいろいろな人の話から、わたしの予想を交えて書いてみます。


そもそも、麻原氏は自身の裁判が始まった際明確な意思疎通ができていました。
検察調書も残っているそうです。裁判の日直前になって弁護士を解任したりもしました。

証言内容は
・事件は麻原氏の知らないところで弟子の一部がやった
・今の教団をつぶさないでほしい
といったことだったようです。

しかし、裁判途中である人物が証言に立つと聞いて麻原氏は動揺を始めたといいます。
その人物とは、井上嘉浩さんです。
井上さんは、麻原氏とほぼ同時期(1995年5月)に逮捕されましたが、その年の12月には脱会宣言を出して、オウム真理教に残っている信者へ教団をやめるようにとの声明も出しています。

麻原氏は、一番信用していたと言っていいほどの井上さんが自分を批判し、否定し、反旗を翻したことにショックを受けたようです。

井上さんが、麻原氏の裁判で証言台に呼ばれた時、麻原氏は井上さんに向かって「地獄へおちるぞ」などの不規則発言を繰り返したといいます。

そしてその後、事件に関わった弟子たちはほぼみんな脱会し、麻原氏の批判を繰り返すことになりました。と同時期に、麻原氏は数々の不規則発言や英語の意見陳述が生まれていったと思われます。

ほとんどの日本の拘置所がそうだと思われますが、麻原氏が投獄されている東京拘置所では、医療についてちゃんとしていません。
袴田巌さんは、釈放されてから足指が変形したり、内臓疾患に罹っていましたが、姉の秀子さんによると「拘置所はこんな治療はしない」と。健康診断も最低限のものしかないようです。
他の処遇からも予想するに、囚人たちはたとえ精神病に罹ってしまったとしても、適切な治療は受けられません。

不規則発言や精神が錯乱気味になった麻原氏に対して、鎮静効果のある薬を投与するだけで治療を終えようとしてしまったのではないのかなと予想されます。

裁判などのストレス、拘置所生活での拘禁症状に加え、強めの薬を投与されていたら、さらに脳は壊れてしまうのではないでしょうか。


こんな経緯で、麻原氏は現在お話ができない状況なのではないかと、わたしは予想しています。


麻原氏が沈黙することによって、今もいるオウム信者たちに「尊師には何か深いお考えがあって沈黙されているのだ」と思わせることがあると思います。
とんちんかんなことを言われて信者に失望され、脱会に至られるより、沈黙の方がずっと効果的なのかもしれません。
また、その沈黙を教団上部の人が都合の良い風に解釈して布教しようとする動きもあるかもしれません。


わたしは、麻原氏一人が全部間違っていて全部悪い、麻原氏一人を死刑にすれば事件が全てが終わるとは思えません。
また、一人の人として、適切な治療を受けてもらったら、何かお話してくれるのかもしれないと思っています。それは謝罪なのか、嘘なのかわかりませんが・・・



本日は以上です。

2016年6月9日木曜日

ひかりの輪HPリニューアルと団体活動の指針とされるものへの疑問

ひかりの輪HPがリニューアルされていました。
以前のデザインはこちらに保存してあります。



・一番上の虹のモチーフを排除
・ピンク色や紫色を排除
・左上のロゴを排除
以上3点が気になりました。
特に、紫色は麻原の法衣の色=オウム真理教で最上位とされていた色なので、それを排除したことは、宗教色を払拭したいのかなという感じを受けました。

そしてひどいのがこちらです。




まず

日本弁護士連合会が反社会的な宗教的活動の消費者被害を防ぐための指針として提示したものを参考にして

とありますが、その日弁連の指針はこちらになります。
タイトルからわかるように、これは宗教的活動に対する指針であり、自称「宗教ではない哲学教室」であるひかりの輪が、なぜこの指針を気にするのか疑問です。
ぱっとみて、哲学教室なんだから気にしなくていんじゃないのかな、って思います。
哲学教室なのに気にするということは、哲学教室らしからぬことをしているからあえて気にするのでしょうか。


そして、内容についてなのですが

(3)当団体施設の中で生活する者が、今後、当団体やその生活共同体に一生を左右するような額の寄付をして、その後、当団体から離脱することがあれば、当団体は当該寄付の返金の要請にできるだけ誠実に応じること。

一生を左右するような額というのが気になって仕方ありません。
わざわざ書いているということは、一生を左右するような額をいままで受け取っていたということでしょうか。そしてこれからも、相手が喜んでくれるならもらっていく方針なのでしょうか。

以前ツイッターに書いたのですが、


ひかりの輪は、霊感的なこと=スピリチュアルなことを宗教的ではないと思っているような感じがあります。
そして、最近はじめた「悟りの瞑想ヨーガ教室」も気になります。




 「悟り」「瞑想」で「ヨーガ教室」なんて、わたしからしたら「かなり宗教」と思うのですが、どうでしょうか。

なんども書いていますが、ひかりの輪はオウム真理教の後継団体です。
目的は、観察処分を外すこと、信者を増やしてお布施を得ることと考えられます。
ひかりの輪自体がそれを否定していても、証拠はたくさんあります。
オウム真理教といえば、信者をマインドコントロール・洗脳することに長けていました。
いわば、マインドコントロールのプロです。
今後も、マインドコントロールをした人が、喜んで一生を左右するような額のお布施をしたら、受け取っていく方針だと思われます。

みなさまにはお気をつけいただきたいと思います。

本日は以上です。

2016年6月3日金曜日

どうして死刑囚の支援をしているのか

「どうして死刑囚の支援をしているのか」ということをリアルでよく聞かれる。

「オウム真理教事件は、麻原にだまされて事件をせざるをえない状況に陥った人たちが犯人とされ死刑囚になってて気の毒だと思ったから」と答える。

「もっというと、サリンをまかないと自分や自分の家族が殺されるような状況だった」
などと補足をする。

「えー!!そうなの!?」
とたいてい驚かれる。

「あんまりそういうこと考えてる人いないでしょうね」
ともいわれる。

わたしにはそっちの方が驚きだけど・・・

みんな、「他人」が「死刑囚」になったとたん「死刑囚=悪い人」で思考停止してしまうらしい。

事件は個人の責任に押し付けて、起こった背景や環境は考えないらしい。

すぐに過去のことにして、再発防止や研究はしないらしい。


わたしはもうちょっと事件について知りたい。

でもメディアはというと、テレビでは「真実は・・・わからない!終!」みたいな感じで、本はどれが真実かわからない。

裁判資料は膨大で、しかも手軽に見れるようなものではない。

公安調査庁の現在の後継団体の資料はあるけども、公的な総括はない。

それで「オウム真理教の元幹部の死刑囚の人たちはまだ生きてるんだから直接聞けばいいじゃん」と思い至った。

そうしたらレスポンスをくださる方がいた。
確定死刑囚の方ばかりなので、処遇的に直接は無理だけど、事件についての思いを何人かに聞かせてもらうことができた。

そのお礼もこめて支援をしている。

それだけの話です。

2016年6月1日水曜日

東京拘置所洗濯事情と処遇がひどい

イラスト:いらすとやhttp://www.irasutoya.com/


東京拘置所の洗濯事情がひどい。書いていいようなので書きます。

他の拘置所はわからないが、東京拘置所で囚人の服を洗濯するには
①交流者に宅下げ(房内から交流者へモノを渡すこと)して洗濯してもらい、また差し入れしてもらう。
②拘置所に一回何円かで洗濯してもらう。

のどちらかの方法がある。
ほとんどの囚人は、ほぼ毎日交流者に来てもらうことは不可能なので、②の方法が多いと思う。
で、その②の方法がひどいらしい。

なんでも、洗濯機の能力が強すぎて服がすぐぼろぼろになるというのだ。
昔は洗濯板で囚人各々で洗濯していたが、東京拘置所が今の状態に建て替えになった時に洗濯機を新調したらしい。
洗濯機を新調したのに、服がぼろぼろになるなんて・・・とわたしはちょっと笑った。


わたしは、ある死刑囚の方の支援をさせていただいている。
しかし、交流者ではないので(※交流者など処遇についてはこちらの記事を参考にしていただきたい)交流者の方に協力してもらっている部分がある。


先日、死刑囚の方が、もう服がない、ユニクロのステテコ(リラコの男性用?みたいなやつ)でいいので欲しいというので、いつもお世話になっている気持ちをこめて、何枚か購入して交流者へ送付した。そして、他の郵便物とともに交流者から拘置所へ送付してもらう手はずとなった。
ちなみに、主人のアイデアで、洗濯ネットをおまけにつけてみたが、それはあっさり不許可になった上、洗濯ネットはすでに使用しているらしい。

洗濯ネットで太刀打ちできないなら、もう本当にどうしたらいいかわからない。
東京拘置所はどんだけ強力な洗濯機買ってしまったん・・・?

それはさておき、何日経ってもステテコが死刑囚の方へとどかない、と連絡がきた。
交流者の方は「確かに送った」というが、拘置所職員は「そもそも郵便物の中に無かった」の一点張りらしい。

わたしは、わたしが書いたちょっと死刑囚の方の名前が入っているようなメモが、拘置所に切り取られて捨てられたり、一生懸命書いたメールが黒々と墨塗りになってしまうということはよくあることで(もちろん伝言行為はない)、差し入れ品がどこかへいくことなどよくあることだと思ったので、ステテコを購入したお金が勿体無かったなあ、と半ば諦めたが、今回は死刑囚の方と交流者の方が粘った。粘って職員に何度も確認をさせた。
粘り続けたら、ある職員が、独断でステテコを別にして放置していたらしいということがわかり、謝罪して差し入れられたということでほっとした。

一体なんの意味があった一件なのかわからなかった。
怪しい差し入れ品なら、「今調べているからちょっと待って」って言ってもらえれば済むはずだ。今回は、調べようとしたのかわからないけど放置している職員から他の職員へ申し送りがされておらず、拘置所側から「そもそも無かった」と逆ギレされる始末になったようだ。

本当に、一体なんの意味があった一件なのかわからなかったけど、書いていいみたいなので書いてみました。


ステテコがなるべく長く拘置所の洗濯機に耐えられるように、祈ります。


本日は以上です。