2016年8月27日土曜日

ひかりの輪とディオゲネスの樽さん

イラスト:いらすとや

告発

ひかりの輪の元在家信徒であるディオゲネスの樽さんが、ブログでひかりの輪を告発している。とても興味深い。

ディオゲネスの樽

「立入検査と検査忌避」
ひかりの輪が、公安の立ち入り時に検査忌避を行っていたという問題について告発されている。
公安に見られてはマズい書類を一般信徒にあずけたり、検査の時に資料を持ってドライブに行かせたりと、発想が犯罪者っぽくて残念に思う。

こちらのエントリーをupされた時には、ひかりの輪のツイッターアカウントに早速絡まれていたので、またまとめさせていただいた。

ひかりの輪広報がひかりの輪元信徒にからむ

ついに元信徒さんにもからみだしてしまったと思った。


頭の良い方は、ひかりの輪の理論はまるっきりデタラメで、どういう意味なのかわからないと思う。必死で話をそらして、都合の悪いことは見ない事・無かった事にしている感じを受ける。


この件に関しては、やや日刊カルト新聞・藤倉総裁のまとめ記事もわかりやすい。
ひかりの輪が公安調査庁の立入検査で“検査忌避”か=元信者が内部告発


さくらねこさん


また、最近ツイッターで、ひかりの輪元信徒と思われる方の告発が相次いでいて、その真意や真偽はちょっと計りかねると思っているけども、以前このブログでも大変お世話になったさくらねこさんについても言及してくれているので、ちょっとさくらねこさんについても書こうと思う。

さくらねこさんは実在するし、真面目な方なので嘘を書いたりはしない。
ひかりの輪は場合によって「実在する・しない」と分けて言ってるようだが、わたしは実在することは知っております。

その上で、ちょっとわたしはこのブログで晒しあげすぎたのかもしれない、と反省をしている。あのころは探究心が勝っていたので、不快だったら申し訳ない。

で、全くの別件で、わたしはさくらねこさんとコンタクトがとりたい。
ツイッターでもなんども言ってるけど、反応がないので、もう無理なのかもしれない。
寂しい限りである。
その別件とは、さくらねこさんのアイデンティティに多少関わることなので公表はしない。でも、ひかりの輪が直面しているお金とか、介護とか、そういう事は一切関係ないことである。ただのわたしの発想である。でも絶対楽しいと思うので、お誘い申し上げたいのだ。

そんなダメ元の感じです。


ひかりの輪の内実


ディオゲネスの樽さんのブログに戻ろう。
大阪秋の陣
ひかりの輪がアレフと分裂する時に、M(マイトレーヤ=上祐氏)派とA派に分かれていたのは有名な話で、そのころの騒動について言及されている。
「無視した方が相手のためになるから」という言葉は、いじめている相手の一方的な言い分という感じがして、読んでてとても悲しくなる文章だなと思った。わたしがそんなこと言われてたら泣く。いじめられてたトラウマもこじ開けられそう。

ひかりの輪もアレフとともに現在、内部で人を排除しているらしい。とってもカルトっぽい。
敵味方に分けて、二元論に陥っているところは、オウム真理教時代と何も変わらない。
仏教には中庸という教えがあるが、そういうものを真面目に学んでみたらどうかなと思う。

智慧袋
ディオゲネスの樽さんが、ヤフー知恵袋に書き込まれたひかりの輪擁護発言を、華麗に論破している。
また、ひかりの輪・上祐氏はこのヤフ知恵の回答を見せて勧誘に使っているらしい。
ヤフ知恵の回答をそのまま信じる人はあまりいないとは思うが、ひかりの輪を肯定的に見ている人がヤフ知恵回答を見たら、肯定感に拍車がかかるのかもしれない。

ひかりの輪は、在家信徒だったり講話会や旅行に行くだけでも公安にマークされる。
未曾有のテロ事件を起こしたオウム真理教の後継団体であり、その元スポークスマンでありさらに現在も「過去に後悔はない」と断言している人が代表を務めている団体なので、当たり前と言える。普通は近づかないと思う。

ただ、その代表・上祐史浩氏は嘘をつくのが上手だ。最初は騙されてしまうと思う。
でも、SNSのやり取りなどを見てみたら、いかに彼が支離滅裂かわかると思う。

最後に

もうこれ以上カルトに騙されて悲しい思いをしてはダメだと思う。
ディオゲネスの樽さんのブログは、これからもチェックしていきたい。

ひかりの輪・アレフの早い解散を望みます。


今回の件なども盛り込んで改訂しました。
ひかりの輪(代表:上祐史浩)はオウム真理教?嘘つき?最近の動向まとめ

2016年6月24日金曜日

「極限芸術2 死刑囚は描く」パンフレット発売

「極限芸術2 死刑囚は描く」が広島県福山市クシノテラスで2016年8月29日まで開催されている。
http://kushiterra.com/gallery/2016/03/74.html


そして、先日この展覧会のパンフレットが発売開始された。
http://kushiterra.base.ec/items/3440347


かつて、死刑囚の作品をここまで丁寧にまとめたパンフレットがあっただろうか。
作品たちは綺麗に撮影され、印刷されている。圧巻。

宮前一明さんの「糞僧衣」(宮前さんが獄中でぼろぼろになるまで着用していた下着)も、撮影でつぎはぎがよくわかるようになっている。

作家の田口ランディさんと多摩美術大学教授の椹木野衣さんの論考もとてもよかった。
特に、田口さんは実際に死刑囚と交流をしているため、その処遇の理不尽な様子がよくわかる。

松本健次さんに知的障がいがあることは存じていたが、拘禁症状がひどくなっているとは知らなかった。

他にも、拘禁症状が悪化している人はたくさんいる。心配でならない。

死刑囚の作品をみて、描いた人の背景などを読んでいると、その人ひとりが悪い奴で、そいつのせいで事件が起こった、というわけではないように思えてくる。
ただの善悪で判断するわけでなく、例えば犯人の生育歴や当時の環境など、さまざまな因果が絡み合って、悲しい出来事につながってしまったのではないか、と、事件についてのさまざまな文献を読んでいてもそう思えてくる。
私は、もっと死刑囚と語り合いたいと思う。

2016年6月3日金曜日

どうして死刑囚の支援をしているのか

「どうして死刑囚の支援をしているのか」ということをリアルでよく聞かれる。

「オウム真理教事件は、麻原にだまされて事件をせざるをえない状況に陥った人たちが犯人とされ死刑囚になってて気の毒だと思ったから」と答える。

「もっというと、サリンをまかないと自分や自分の家族が殺されるような状況だった」
などと補足をする。

「えー!!そうなの!?」
とたいてい驚かれる。

「あんまりそういうこと考えてる人いないでしょうね」
ともいわれる。

わたしにはそっちの方が驚きだけど・・・

みんな、「他人」が「死刑囚」になったとたん「死刑囚=悪い人」で思考停止してしまうらしい。

事件は個人の責任に押し付けて、起こった背景や環境は考えないらしい。

すぐに過去のことにして、再発防止や研究はしないらしい。


わたしはもうちょっと事件について知りたい。

でもメディアはというと、テレビでは「真実は・・・わからない!終!」みたいな感じで、本はどれが真実かわからない。

裁判資料は膨大で、しかも手軽に見れるようなものではない。

公安調査庁の現在の後継団体の資料はあるけども、公的な総括はない。

それで「オウム真理教の元幹部の死刑囚の人たちはまだ生きてるんだから直接聞けばいいじゃん」と思い至った。

そうしたらレスポンスをくださる方がいた。
確定死刑囚の方ばかりなので、処遇的に直接は無理だけど、事件についての思いを何人かに聞かせてもらうことができた。

そのお礼もこめて支援をしている。

それだけの話です。