2016年6月18日土曜日

麻原彰晃はなぜ話さなくなったのか





オウム真理教事件において、麻原彰晃氏がなぜ沈黙を始めて沈黙を続けているのかは、今現在わかっていません。
文献やいろいろな人の話から、わたしの予想を交えて書いてみます。


そもそも、麻原氏は自身の裁判が始まった際明確な意思疎通ができていました。
検察調書も残っているそうです。裁判の日直前になって弁護士を解任したりもしました。

証言内容は
・事件は麻原氏の知らないところで弟子の一部がやった
・今の教団をつぶさないでほしい
といったことだったようです。

しかし、裁判途中である人物が証言に立つと聞いて麻原氏は動揺を始めたといいます。
その人物とは、井上嘉浩さんです。
井上さんは、麻原氏とほぼ同時期(1995年5月)に逮捕されましたが、その年の12月には脱会宣言を出して、オウム真理教に残っている信者へ教団をやめるようにとの声明も出しています。

麻原氏は、一番信用していたと言っていいほどの井上さんが自分を批判し、否定し、反旗を翻したことにショックを受けたようです。

井上さんが、麻原氏の裁判で証言台に呼ばれた時、麻原氏は井上さんに向かって「地獄へおちるぞ」などの不規則発言を繰り返したといいます。

そしてその後、事件に関わった弟子たちはほぼみんな脱会し、麻原氏の批判を繰り返すことになりました。と同時期に、麻原氏は数々の不規則発言や英語の意見陳述が生まれていったと思われます。

ほとんどの日本の拘置所がそうだと思われますが、麻原氏が投獄されている東京拘置所では、医療についてちゃんとしていません。
袴田巌さんは、釈放されてから足指が変形したり、内臓疾患に罹っていましたが、姉の秀子さんによると「拘置所はこんな治療はしない」と。健康診断も最低限のものしかないようです。
他の処遇からも予想するに、囚人たちはたとえ精神病に罹ってしまったとしても、適切な治療は受けられません。

不規則発言や精神が錯乱気味になった麻原氏に対して、鎮静効果のある薬を投与するだけで治療を終えようとしてしまったのではないのかなと予想されます。

裁判などのストレス、拘置所生活での拘禁症状に加え、強めの薬を投与されていたら、さらに脳は壊れてしまうのではないでしょうか。


こんな経緯で、麻原氏は現在お話ができない状況なのではないかと、わたしは予想しています。


麻原氏が沈黙することによって、今もいるオウム信者たちに「尊師には何か深いお考えがあって沈黙されているのだ」と思わせることがあると思います。
とんちんかんなことを言われて信者に失望され、脱会に至られるより、沈黙の方がずっと効果的なのかもしれません。
また、その沈黙を教団上部の人が都合の良い風に解釈して布教しようとする動きもあるかもしれません。


わたしは、麻原氏一人が全部間違っていて全部悪い、麻原氏一人を死刑にすれば事件が全てが終わるとは思えません。
また、一人の人として、適切な治療を受けてもらったら、何かお話してくれるのかもしれないと思っています。それは謝罪なのか、嘘なのかわかりませんが・・・



本日は以上です。

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