2016年5月6日金曜日

盛者必衰

田舎に行くと、何人かの老人に自慢をよく聞かされるはめになる。

自分は立派なところで働いていたとか(半世紀以上前)
自分は立派な大学をでたとか(半世紀以上前)
親戚の誰々はどこそこで偉い職業についているとか(誰なんだろう)

わたしは、それを延々と話す老人が不思議で仕方がない。
彼らは軽度認知症の気はあると思われるけど、日常生活は自立していてしっかりしている。

つまり、病気の症状ではなくそういう話をすることが、彼らの元からの価値観なのだと思う。

先日、NHKをみていたら、生討論番組みたいなかんじで、18歳の若者とさまざまな党の国会議員とが直接議論していた。

18歳の人たちは「政治家はお金を持ちすぎじゃないか」「税金がどう使われてるかわからないのに消費税を上げられても困る」「政治がよくわからないので選挙には行けない」などといった意見を、ハッキリと言っていた。

わたしは、18歳の人たちはとてもしっかりしていてすごいなあと思った。

人は教育が作る。

今の人たちが受けている教育は、わたしが受けていたものと違うし、わたしより年上の人たちはさらにちがう。

どの教育がいいなどという正解はない。けれども、NHKに出ていた若者たちのように、ハッキリシッカリしたまなざしはすごい大事なんじゃないかと思った。

対して、国会議員たちはタジタジしながら、ああいえば上祐みたいな詭弁回答だった。

詭弁だ〜〜〜気付いて少年少女たち〜〜〜〜!!!

と思わざるをえない。


ともあれ、最近のいろいろで戦後〜現代にかけて、世代によってこんなに価値観や考え方が違うんだなあと痛感した。
構造主義やポストモダンとかいろいろ言われているけど、まだ勉強中でピンときてない。


昔の人は一族を大切にするけど、今は個を大切にする。

ただ、いろいろな考え方があってもつねに新しいものを取り入れていかないと、と思う。
昔の話ばかりしているのは、やっぱりダサいと思うのだ。


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

わたしはこの平家物語の冒頭文が非常に好きで、国語の授業で暗記させられたまま覚えっぱなしである。
ことあるごとに思い出しては、癒される。

この文は、けして「何もかもチリになっちゃうんだからはじめから何やっても無駄」といっているわけじゃなくて、「今をみつめ、大切にして、今を一生懸命生きましょう」と言っているのだと思う。


よく、オウム真理教事件のあった1995年を境に世の中が変わったという人がいる。
わたしは事件当時は子供だったので、どう変わったのかいまいち分からない。

でもまあ、こういうことがあって、いろいろな考え方があるんだから、あんまり細かいことでイライラせんとこーって

思いますよね。


本日は以上です。

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