2016年5月31日火曜日

ケアマネージャーについてつらつら考えたこと


イラスト:いらすとやhttp://www.irasutoya.com/


去年、ケアマネージャーの筆記試験に受かった。今年、研修が終わればライセンスがもらえる手はずである。

この資格には、新規にも更新にも、何日間かを使った研修がある。
わたしは、ケアマネージャーとして就業したことはないが、研修で感じた違和感について考えていた。
今からは考えたことをただ書くだけなので、実際に就業している人や経験のある人にとっては、ヘンなことやムリなことを書くかもしれない。
でも違和感の正体がなんとなくわかったので、書くことにする。


「ケアマネージャーって何の仕事をするの?」
と、友人知人によく聞かれる。

今までは
「介護が必要な人のケアプランを作る人だよ」
「ケアプランというのは、在宅でヘルパーがいつ来るとか、デイサービスにいついくとか、老人ホームに入居してどんな生活を送るのかとか、そういうのを医療や介護の専門職で話し合って決めるプランのことだよ」
などと、適当に答えていた。でももう資格を取得するのだから、きちんと答えれるようにならないといけない。今まで言ってたのは、ただの手段にすぎない。

ケアマネージャーは介護支援専門員ともいい、要介護者や要支援者、お年寄りや体に障害のある人の自立した生活を総合的に支援する職業だ。

利用者(被介護者)の「自立した生活を支援」ということがポイントで、ヘルパーやデイサービスなどのサービス内容を勝手に決めてしまうのではなく、選択肢やアイデアを通じて利用者本人でやれることは本人でやれるように支援することを大切にしている。

「QOL」という言葉があるが、これは「クオリティオブライフ」の略で、「生活の質」という意味となる。介護の現場では、利用者の「生活の質」をいかに上げていくかをポイントとしている。
たとえ、末期ガンで全身管だらけでも、最期までその人らしい生活の質を保つ為に、できることをチーム一丸でやることが求められる。
そのリーダー役ともなるのがケアマネだ。


先日、研修に参加していたら講師がこんなようなことを言っていた。
「この間担当の老夫婦が住んでいるお宅を訪問すると、いつも元気な奥様の元気がない。どうしたのかと聞いても、なんでもないと言われる。」
「いろいろな言葉や態度でアプローチをして、ついに『昨日から全身がだるい、尿の出が悪い』ということを聞き出した。やった!と思って、すぐに病院へいくことをすすめた。でも、奥様は病院がキライで、行きたくないという。」
「『では1週間後に電話するから、それまでに行っててくださいね』と言った。わたしは自分でよくやったと思った。」
「みなさんも諦めずに情報収集を粘りましょう!」

わたしはこの話に違和感を抱いた。
多少略しているところもあると思うが、正直、病院へ行きたくないのなら行かなくていいと思う。もしくは、行きたくても行けない雰囲気で「行きたくない」とおっしゃっているなら、行けなくなっている障害を取り除いて差し上げるといいと思う。(考えられるのは、移動手段や病院へ行っている間ご主人のケアはだれがするのかなどの心配事だ)
また、ケアマネの都合で「1週間後までに」と決めつけるのはどうか。

お年寄りの気持ちというのは難しい。わたしはお年寄りになったことがないのでわからないが、話しているととにかく難しい。でも、彼らはわたしたちより確実に「死」を意識して生きている。そして、普通に「どんな死に方がいいか」を日常会話に織り込んでくる。
悔いのないように死にたい、苦しまずに死にたい、迷惑かけずに死にたい、すぐに天国へ行きたいなど、いろいろな希望の死に方が出てくる。
こんな話をされると、正直反応に困る。でも「そんなこと言わないで、長生きしてください」と励ますのは、なぜか空虚な気持ちになる。

人は生まれたら必ず死ぬ。死に方について語ったり考えたりすることは自由だ。

お年寄りがみんな長生きしたいかといえば、そうでもないと感じることも多い。

大事なのは、どう生きるかだ。

それこそ、その人の生活の質ではないのかと思う。


ケアマネの研修へ行くと、講師によっては、「利用者の問題を全部曝けだせ!そしてその問題を会議にかけてみんなに伝えろ!何が何でも解決しろ!!」などという人もいる。
でも、わたしもそうだが、たかだか数年の付き合いの人に、しかも仕事で接している人に、すべてを曝け出したくはない。専門職以前に人として合わない人に、勝手に病状を伝えられるのもイヤだし、解決方法をキッチリ決められたらなんだか窮屈だ。
本人が嫌がっているのを無視して、根ほり葉ほり聞いたり、病気を無理やり発見したり、勝手な判断で死を遅らせたりすることはケアマネの仕事ではないように思う。

要介護者を家族に持つ家族は、家族内で世話をすることが自然といえる。
しかし、それが出来ない人たちがいる。そういう要介護者や家族の相談を受け、支援を考え、自分の経験と知識をもって尽くすことがケアマネの仕事ではないのだろうか。


ケアマネは、死に接する仕事だ。
ゆえに、自然とは何かを知ること、奢らないことが大切だと思う。


本日は以上です。

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