2016年1月20日水曜日

日進月歩

わたしはたぶん、数年くらい前まで、毎日「明日死のう」と本格的に思っていたので、最近は毎日や毎週やることがあって嬉しい。自分から誘うようにしたら、みんな遊んでくれるのだ。笑顔になれば、笑顔が返ってくるし、優しくしたら優しさが返ってくる。
趣味の楽器も、病気のリハビリも毎日やらないと上達しない。明日はうまくなろう、週末はもっとできるようになろうと思いながらやるから、日進月歩を感じる。
手紙がきたら返事を書く。
1日10分ずつ腹筋をやる。
疲れたら休む。
たんたんと生活していきたい。




軽井沢スキーバス転落事故


もうwikiにまとまっていた。
スキーバス転落事故に想う。
亡くなった若い人たち、ご遺族、すごく無念だと思う。
運転手さんたちも事故を起こそう、死のうと思って仕事していたのではないだろう。
小泉政権時代に、バス業界への緩和政策が甘く、小泉政権後に急激にバスの事故が増えたというデータを見た。

これを見て小泉政権を批判するのは簡単だけど、それより、業界ひとりひとりの良識はどうなっているのだろうと疑問に思う。

「法律スレスレだけどOK!」みたいな感じで、リスクが高いことをしていたら、事故が起こって人命や経営が脅かされた時に、法律どころではない。

wikiによると、原因として
・制限速度時速50kmの現場区間を時速80kmで走っていた
・国土交通省の立ち入り検査で運転手の健康診断、乗務前の健康及び酒気帯び確認、入社時の適性検査などを怠っていたとされた
・事故の2日前にバス1台を運行停止とする行政処分を受けている
・労働環境は年々悪化
・「下限の金額を認識せず、相場感で契約してしまった」
・会社として決まった研修ルールやチェック項目はなく、技量の確認は同乗のドライバー任せだった

また、報道では、運転手が12mの大型バスが不慣れで、交代要員の運転手が、相方に12mのバスに慣れさせるために、わざわざ届け出とは違うカーブの多い道を選び、練習も兼ねて運転させたようだ、とあった。
それが本当なら、

・届け出と違うルートを通ること
・お客さんが乗っている車両で練習をしようとすること

さらっと見ただけで8項目はアウト。オールチェンジどころではない。

法律スレスレ、またはアウトだけどバレにくいから大丈夫、こうしないと仕事が回らないから、というのはおかしい。明らかにおかしい。法律を作るのは政治家だけど、現場の人間がそれは不可能だと物申し、または工夫の余地を伝えていかないといけない。法律のせいにして、安全政策を怠るのはおかしいし結局は自分たちの損になる。

その場の空気で、上司がいうから、法律がそうだから、という理由で物事を運んで行くと、後で大変なことになる。
そんな時、自分の中の良識を大切にしたいと思う。

「いやいや、それはだめでしょ!!」
と思う心。だめなことに流されないこと。だって流されていたら結局自分が損をするから。変だなー、合わないなー、ストレスだなー、やばいなーと思ったら去る精神。


このブログには主にオウム問題のことを書いてるから、オウム問題に置き換えて考えてみると、オウムの信者の人たち、なぜ清らかな心で賠償をしないのか。
後継団体を存続するために賠償をしている、その賠償のために出版やトークイベントならまだしも、使用済みの洋服を売るとはどれだけ意地汚いんだ。
「とりあえず賠償してるからいいじゃん」
「自分たちは真理の実践してるから結局は人類のためのことをやってる、ちっぽけな賠償なんて何の役に立つのか」
それはおかしいです。よくわからん不特定多数の人類の救済の前に、目の前のご遺族と被害者ひとりひとりに向き合うことが大切なんじゃないでしょうか。
人を想えば向こうも想ってくれるようになります。辛く当たったらもっと辛くなるだけです。

と、わたしの良識は思うのですが、どうでしょうか。

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