2015年6月22日月曜日

争い


麻原氏の三女、松本麗華さんが手記を出して、メディアに露出して、
ひかりの輪はご丁寧に麗華さんの手記に対して反論している。
野田成人氏も反論している。
あとおせっかい?のような、変な活動もしている。

ちなみに、わたしは、以前こちらの記事
http://akaneyamada03.blogspot.jp/2015/05/blog-post_11.html に、読んだ当時の感想を書かせていただいた。

昨日、遅ればせながら創 2015年 07 月号 [雑誌] の麗華さんの記事を読んだ。
なんだか悲しくなった。

さらに記事について反論している、ひかりの輪のサイトを読んだ

麻原三女・松本麗華氏の月刊『創』7 月号における虚偽の記載に関して――『止まった時計』に関連してhttp://alephmondaitaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-134.html
















あっ・・・・あっ・・・・・・・・


また誤字ですか上祐さん。

本当に人に読んでもらう気はあるんですかねぇ。



というわけで、輪をかけて悲しくなりました(ひかりの輪だけに・・・)。



真実について、ひかりの輪から、どれだけ証言が出ようと、証拠にはなりません。

もちろん麗華さんも、四女さんや次女さんも同様です。


オウムの一連の裁判もそうです。


シュレディンガーの猫箱なのです。


証拠さがし、嘘つきさがしをして

なにになるというのでしょう。


世の中みんなそんなことだらけです。

正しいことなんてないです。


ただ、存在する、存る、在るということです。

てゆか

その考え方こそ、仏教ではないでしょうか。


ただ一切はすぎていきます


と言ったのは誰だったか。


上祐さんや野田さんを見ていると

オウム真理教の教えは、やっぱり間違いだらけだったんだなぁ

としか思えないです。


争いを好まず、

こだわらず、

ただ、自分のやるべきこと、

正しいと思ったこと、

より多くの人を幸せにできると思ったことを

たんたんと行う。



こういうのが、お釈迦様の教えなんじゃないでしょうか。



わたしはこのことを考えていると、

林泰男さんの、地下鉄サリン事件での証言を思い出します。

こちらにも一応、書き起こさせていただいたのですが

地下鉄サリン事件で、実行犯の泰男さんは、

検察に聞かれるがままに、犯行当時の様子を、

たんたんと証言していました。

飽くまでわたしの感じ方なのですが、

そこには、なんの感情も感じませんでした。

ただ、やるべきことを、たんたんと行っている、

聞かれたことのみ、たんたんと証言している。

謝罪の機会が与えられたら、もちろん謝罪します。

(実際この時の泰男さんは、尋問の中で「言いたいことはありますか」など謝罪のタイミングが与えられなかったので、証言の終わる際に強引に自分で謝罪の言葉を述べた。)

しかし、その時泰男さんがやるべきことは、

高橋克也さんを擁護することでもなく

自分の擁護でもなく

自分の感情を吐き出すことでもない

ただ、証言すること。

それをきちんとこなしている、と、静かに感動した覚えがあります。




本日言いたかったことは、以上です。

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