2015年6月19日金曜日

元少年A「絶歌」


話題の本読了。

驚愕に驚愕です。

まず、情緒豊かな文才に驚愕。
タンク山の情景を小説のように情緒豊かに、
溶接の仕事が目の前にあるように想像しやすく詳細に、
登場人物はわかりやすいあだ名をつけて、
わたしがまるで、文中の場面に寄り添っているような、
元少年Aの、文章への敬愛の気持ちが深く伝わってきました。

 事件当時僕は、ポータブルCDプレイヤーと赤マルを持って、よくひとりでタンク山、向畑ノ池、入角の池を散策した。自分の中で、この三つの場所は、"三大聖地"だった。これらの場所では、美しいものを美しいものとして、素直に受け容れられた。
 雨上がりのタンク山の美しさは壮絶だった。雨を啜って湿り気を帯びたセピア色の腐葉土が、雲間から降り注ぐ陽の光のシャワーをそこかしこに弾き散らし、辺り一面、小粒のダイヤを鏤めたように輝いて、僕の網膜を愛撫した。(「絶歌」元少年A)

なぜ、自然をこれだけ愛することができる少年が、あのような悲惨な事件を?
という疑問が湧くかもしれない。
彼は情緒豊かなのだと思った。
情緒が豊かすぎるのかもしれない。
クリエイター気質かもしれない。
だいたい、遺体の頭部を学校の校門に置くという発想が常人とちがう。
創作物でやっていればよかったのに。
なぜ彼は、それをリアルに持ち込んでしまったのだろう。

小学校六年生の時、脳みそにカッターナイフの刃を刺しまくったオブジェを図工で作ったという。
なぜ、彼の教師は彼を心配しなかったのか。

特にネコを殺す場面は、グロテスクでとても直視して読めない。

少年の頃の、祖母の死がひとつの転機となったこと。
素朴な疑問なのだけども、この祖母の死因はなんだったのだろう。
検査入院の予定が、瀕死になり、亡くなってしまった。
院内感染や、医療事故ではないのか。
と、思うのも、わたし自身、祖父を院内感染、医療事故で亡くしているから。
なんだか、流れが似ているなと思ったのだ。
あれは、明らかに病院の過失だった。
裁判にも出来た。
でも、うちの親たちは、亡くなった人はかえらないからと、おおごとにしなかった。
死ぬこと、病気のこと、苦しいこと、悲しいことに蓋をされた。
今でも悲しくて悔しい。

元少年Aは少年だったので、どんなに残虐な事件を起こしても社会復帰が約束される。
その更正の過程に関わる人たちは、本当にあたたかだった。

 自分は順調に更生の道を歩んでいる。保護観察も無事終了したし、仕事も見つかったし、何の問題もない。このままやっていけばいい。何度も自分にそう言い聞かせた。でも夜布団に入って眼を閉じると、真っ暗闇の中で顔の見えないもうひとりの自分が、僕にこう問いかけた。
「贖罪とは何なのか、罪を背負って生きる意味は何なのか、迷いを抱え何ひとつ明確な答えも出せず、ただYさん(身元保証人)や弁護士に言われるまま被害者に手紙を書いて、お前はいったい誰に向かって償いをしているんだ?」
「今、お前のいるその場所は、お前が自分で見つけた場所なのか?(略)」
「一生、そうやって安全な籠の中で、自分の頭で何も判断せずに済む状況で、自分の意思で何かを選択することを避け続けて生きるのか?」(略)
 他人に用意された籠の中では、本当の意味で償うことも、生きることもできないのではないか。
 他人の命を奪った罪を償う、それがどういうことなのか、簡単に答えが出せるはずはないし、簡単に答えを出してはいけないことだとも思う。
 ひとつだけはっきり言えるのは、自分自身の責任と判断で物事を選択し、自分の脳みそで悩んで悩んで悩み抜き、自分の身体で行動を起こさなければ、一生、その"答え"にたどり着くことはできないということだ。他人に敷かれたレールの上から飛び降り、しっかり地面を踏みしめて、一歩一歩自分の足で歩き、自分の頭で考え、自分の力で自分の居場所を見付け、自分の意志で償いの形を見出さなくては意味がない。(「絶歌」元少年A)

 本書の随所に、贖罪の気持ちを強く持つ元少年Aのこころを見た。
はじめは、グロテスクでいきすぎた感受性と趣味と行動力を持つ、ただの精神病患者の戯言と思っていたけれども、そうではない、事件当時のこころの動きは、本人にもわからないような病理的なものだけれども、今の彼は贖罪の気持ちを強く持っている。

 更生プログラムを終え、社会に出る。
 過去は明かされないにしても、職を転々とすることもあれば、先輩にいじめられ、理不尽な人間関係にあえぐこともあった。

「ええか、A。何事も、一生懸命にやるんやぞ。ひとつのことでも一生懸命やっとったら、必ず誰かは見とるもんや」
 少年院に面会に来た時、父親がよくそう言った。「一生懸命」。今の時代、真顔で口にしようものなら物笑いの種になりかねないこのシンプルな言葉が、父の唯一の美学だった。誠実に、愚直に働いて生きてきた父親らしいこの言葉の意味が、実感としてわかった気がした。僕は以前にも増して仕事に打ち込んだ。

 皮膚を厚くし、日々をひとつまたひとつと規則正く重ねていくのだ。俺はただの機械に過ぎない。有能で我慢強く無感覚な機械だ。一方の口から新しい時間を吸い込み、それを古い時間に換えてもう一方の口から吐き出す。存在すること、それ自体がその機械の存在事由なのだ。(村上春樹「1Q84 BOOK3」)

 仕事中、溶接の火花を見つめながら、半ばトランス状態で、僕は『1Q84 BOOK3』の影の主役、愛してやまない福助顔の怪探偵「牛河」のこのモノローグを、自分に暗示をかけるように小声で繰り返し繰り返し唱えながら、脳がパソコンの基盤に、心臓が発電機に、肺がエアーポンプに、血管が配線コードに変異していく様を、CG映像のように具体的にイメージした。すると精神に麻酔がかかり、本当に機械になったように、多少のストレスにさらされても何も感じなくなった。言葉は麻薬だと思った。(「絶歌」元少年A)


そして、弟たちとの面会の描写。
事件から3年後にはじめて面会した弟たちの、まだ十代後半にして苦しんだであろう容姿が詳述されていて、元少年Aは本当に、感受性が高く、鋭い観察眼を持つ、優しい男であると感じた。同時に、兄を気遣う弟たちもいたたまれない。なぜこうなったのか。

最後の章は、公園での、見知らぬ家族と孤独な自分との対比でおわる。

 母親の頬に小さな手を伸ばす赤ん坊の、嬉しそうにはしゃぐ姿。母親の、幸せそうな微笑み。傍らで二人を見守る、短髪に銀縁メガネをかけた、背が高く清潔で実直そうな父親の、優しい笑顔。そこへ密集する光は、冲天に輝く太陽に少しも依存していなかった。光は自生していた。その光は何ものにも依らず、光の一粒一粒が、さらに小さな光を無数に排卵し、アメーバのように片時も安まず無限に分裂と増殖を繰り返しながら、この三人を包む柔らかな春の空気に一分の隙もなく溶け染み入っていた。その光景を見て、

ー自分が奪ったものはこれなんだー

 と思った。それは、「何でもない光景」だった。でも、他の何ものにも代えがたい、人間が生きることの意味が全て詰まった、とてもとても尊い光景だった。
 自分が被害者の方たちから奪い去ってしまった、「何でもない光景」を、僕は目撃し、体感した。自分が、そこにいてはならない汚らわしいもののように感じた、僕はベンチを立ち、公園の出口へ向かい、うっかり足を踏み入れてしまった陽なたの世界から、逃げるように立ち去った。(「絶歌」元少年A)

最後、わたし自身の、いろいろな気持ちが交錯し、この元少年Aのこころに感服して泣くしかなかった。
私が以前より敬愛する、太田出版と鈴木成一デザイン室の、素晴らしい仕事です。
本を書いてくれてありがとう。
そして亡くなった被害者の方へ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
事件の全ての被害者・遺族の方が、安楽に過ごせますように。



追記。
この本偽物が書いてる説が出ているらしいんだけど、こんだけ真面目に読んでたのに偽物だったとか、めちゃ恥ずかしいじゃん…

というのは置いといてですね、ひとつ書き忘れたので。

ーなぜ人を殺してはいけないのか?ー
 これは、僕が事件を起こした年の夏に、某ニュース番組の中で企画された視聴者参加型の討論会で、十代の男の子が発した問いだった。(※元少年Aは、自分に関連する報道はほぼ全て見ているという)番組のゲストに呼ばれた作家やコメンテーターは、誰ひとりこの問いに答えられなかった。
 大人になった今の僕が、もし十代の少年に「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。

「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから。」

 哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来十一年間、思い十字架を引き摺りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった。(「絶歌」元少年A)

この部分、印象的だったので追記させていただきました。


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