2015年5月25日月曜日

井上嘉浩さんのこと

井上嘉浩さんが、法廷の証言で嘘をついていることについて、
ずっと疑問だったのですが、
私が独自に調べる中で、わかってきたことを記したいと思います。
あくまで私の仮説としてお読みください。

井上さんは、1995年5月15日に逮捕されてから、その年末には脱会を表明しました。
そして、裁判の中では、今まで幹部として一緒に働いていた人たちを批判し、自分以外の人間が悪事を働いたようなストーリーを作り、証言しました。
それは、一見、井上さん一人が、独断と偏見でそのように証言をして、かつての仲間を貶めたように感じられました。
実際、井上さんの証言により、何人かの人が重い有罪判決を受け、服役することになりました。

私の知った井上さんという方は、まじめで、誠実で、優しい人でした。
そのような方がなぜ、そのようなことをしたのかわかりませんでした。
そこでこのような仮説です。

検察が、オウムの幹部をなるべくたくさん有罪判決にするストーリーを作りました。
そのストーリーに沿った証言をしてくれるような人は、当時、若く、まじめで、脱会を決意していた井上さんだけでした。
検察と、証言の練習を毎日何時間も行いました。
さらに検察は、
「心配しなくていい、検察庁もそこまで鬼じゃない」(オウム法廷〈9〉諜報省長官井上嘉浩 (朝日文庫) より)と井上さんをたしなめ、
死刑を求刑しないことをチラつかせ、井上さんを安心させて証言させました。

しかし、結果、井上さんへ、検察からの求刑は死刑でした。

一審では無期懲役の判決が下されましたが、二審で死刑判決をとられ、最高裁も、死刑でした。

一審でとても分厚かった判決文が、
二審、最高裁となるうちにとても薄く、内容も簡単になっていきました。

去年、井上さんは、平田信さんの裁判で、假屋さんのご遺族に、弁護士から口止めされていたことがあることを、手紙で告白しました。
弁護士も、自分が弁護すべき人の刑を軽くすることが仕事です。
その中には、他人のことは必要以上に話さないなど、いろいろな作戦があるようです。

井上さんは、真実を話したくても、話せず、検察との話し合いで、記憶が歪み、それが現在も続いている、と、私は考えます。

誰が悪いとも言えません。

井上さんが、死刑を回避したいことは当然で、そのための検察への協力、弁護士の選択だったこともわかります。
検察や弁護人が仕事として、そういうことをしたこともわかります。

ただ、真実がわかりません。わからなくなってしまいました。

たくさんの人が有罪判決を受け、獄中で病気になった人もいれば、井上さんを憎んでいる人もいます。

結果、誰も、誰も、幸せにならなかった。

そのように、私は考えます。

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